空気充てん作業時の事故を防ぐために――自身ができることを継続

 タイヤの空気充てん作業時の事故が後を絶たない。JATMA(日本自動車タイヤ協会)がまとめている統計によると、2020年に判明した事故は全国で38件、死亡事故も起きた。このうち、パンク修理作業に関連する事故は10件、パンク走行等に伴うタイヤの損傷は13件あり、安全囲いを使用していなかったケースは18件と約半数を占めている。ただ、「この件数は届けられた事故のみであり、軽度の怪我や物損など届けられていないケースも含めれば2~3倍は起きているのではないか」と指摘する声もある。一方で事故を起こさないために徹底した取り組みを行っているメーカーやタイヤ販売店も少なくないのも事実だ。それぞれの作業への取り組み、安全への考え方を取材した。

 神奈川県横浜市にあるタイヤ専業店、渡辺タイヤサービス。日々、運送会社などにサービスを提供している渡辺剛満社長は「やはりパンクしたタイヤを直す時が危険。ドライバーの方がパンクに気付いてからの経過時間や走行距離が重要になる」と指摘する。

渡辺タイヤサービスの渡辺社長
渡辺タイヤサービスの渡辺社長

 渡辺社長には20年ほど前の苦い経験がある。専業店で働き始めて約5年、様々な作業に慣れてきた時期だった。客先へ出向いてパンク修理をしていたところ、突然タイヤサイド部が破裂し、粉塵が舞い上がって何も見えなくなったという。

 「タイヤの位置が数センチでも違っていたら、その爆風を浴びて失明していたかもしれない」とその時の衝撃を振り返る。その上で、「衝撃を受けやすいダンプ用のチューブ入りタイヤだったが、今考えれば、絶対に直してはいけないレベル。ストックがなく、店舗に戻るのは面倒という自分自身の怠慢があった」と自戒する。

 「都内の複数の店舗で10年以上店長を務めてきたが、これまで自分のお店で事故は一度も起こしていない」と話すのは住友ゴム工業の直営店、タイヤランド江東(東京都江東区)の斉藤信司店長だ。店舗の周辺には運送会社や倉庫が林立し、トラックがひっきりなしに出入りする。従業員も多く抱えている分、情報共有を徹底していることが一つの特徴だ。

 住友ゴムは全国の直営店で何か問題が起きた際は必ず全国の店舗へ横展開し、各店舗が毎日行うミーティングで事例を伝えているという。また、過去の事故事例をまとめた「安全カード」を作成し、全てのスタッフに絶えず啓発を続けることで意識向上に取り組む。

 各地区の販売会社や直営店をサポートする側の住友ゴムとしても安全への取り組みをこれまで以上に強化していく方針だ。その一環として今年から技術サービス部内に作業支援グループを立ち上げた。

住友ゴムが活用しているポスター。(左から)タイヤランド江東の斉藤店長、東京支店江東営業所の梅澤光司所長、タイヤ国内リプレイス営業本部技術サービス部の下川氏、川崎氏
住友ゴムが活用しているポスター。(左から)タイヤランド江東の斉藤店長、東京支店江東営業所の梅澤光司所長、タイヤ国内リプレイス営業本部技術サービス部の下川氏、川崎氏

 タイヤ国内リプレイス営業本部技術サービス部の川崎憲一郎課長代理は、「事故を起こさない仕組み作りを進めるほか、今後の人材不足を見据えて人材育成へのサポートも行うことが目的」と話す。さらに、「販売会社に全てを任せるのではなく、我々メーカーとしても一緒に取り組んでいきたい」と意欲を示す。

 作業支援グループのメンバーでもある下川孝史氏(タイヤ国内リプレイス営業本部技術サービス部課長代理)は、販売会社で任命を受けたサービストレーナーと連携して安全作業を浸透させる活動に邁進している。

 下川氏自身、以前は直営店に勤務しており、より現場に近い立場から様々な改善策を提案できるのが強みだ。例えば、安全囲いに関しては、これまで店舗ごとに適正な個数が明確でなかったケースもあった。万が一、作業量に対して機器が不足している場合は即座に購入してもらうよう働きかけることもある。

 こうした安全への取り組みは横浜ゴムでも行われている。同社では「安全を守るために、スタッフ全員が誰も怪我しない、させない環境を作ることがマスト」としており、機材レイアウトの重要性やスタッフの安全に対する知識と意識、安全作業の習熟度の向上に注力する。

 また、定期的にYCN(ヨコハマクラブネットワーク)加盟店の設備状況を確認し、安全設備が足りていない場合には導入を促す。タイヤ国内リプレイス生産財営業部販売促進課の坂本雄司課長は「安全意識を高めることは、お客様へ質の高い作業を提供することにつながる」とその意義を話す。

タイヤランド江東の設備
タイヤランド江東の設備

 一方で、単に安全囲いを設置するだけではなく、効率性との両立も求められる。タイヤランド江東の場合、安全囲いは大型タイヤ用で6台設置している。斉藤店長は「1つしかなければ待ち時間が面倒だから使用しないというケースも出てきてしまう。作業品質と効率を高めて安全な作業を行うことで、結果としてお客様からの評価にもつながっていくのでは」と期待を込める。

 住友ゴムでは今後、直営店のみならず取引先全体へ安全作業の浸透を図っていく考えだ。川崎氏は「直接取り引きしている運送会社なども含めてご提案することがお客様の安全を守り、信頼を勝ち取ることにもなる。そして最終的にはサービスの質を高めることにつながる」と展望を示す。

 JATMAが2019年8月に配布を始めた「パンク修理作業に関する安全啓発ポスター」は、販売店が危険と判断した場合には修理を断るケースがあることをユーザー側に周知していくことを目的に作成した。さらに昨年ポスターを改訂し、パンク修理を断るケースの1つとして「空気圧0kPaの場合」を追加した。同会がユーザーを対象にこうしたポスターを展開するのは初めてで、現場からは歓迎する声が多く聞かれた。

 渡辺タイヤサービスの渡辺社長は、「このポスターは有効に活用している」と評価しつつ、「お客様へ修理が“できない理由”をきちんと説明できる準備も必要」と話す。住友ゴムはJATMAが掲げた内容からもう一歩踏み込んだ独自のポスターも活用している。

 タイヤランド江東の斉藤店長の口癖は「事故は一生背負うもの」だという。渡辺社長は「危険だと判断したタイヤはどんなに頼まれても絶対に作業はしない。それにより、そのお客様との取引がなくなっても仕方ない」と強い姿勢を示す。

 不幸な事故をなくすために、地道な活動の継続は今後も重要性は変わらない。そして、それぞれの立場からできることはまだあるのかもしれない。


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