住友ゴムの新材料開発技術 ニーズに対応したタイヤの実現へ

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カテゴリー: 事業戦略, 特集

 住友ゴム工業は2011年に「4D NANO DESIGN」を発表して以降、ゴムの解析技術の進化とともに新材料開発技術を発展させてきた。材料開発本部材料企画部の上坂憲市部長と研究開発本部分析センターの岸本浩通センター長にそのポイントを紹介してもらった。

タイヤ性能の発現メカニズムを解明

 タイヤのゴムは、天然ゴムおよび合成ゴム(ポリマー)やカーボン、シリカ、硫黄、添加剤(オイルなど)を練り、加硫などの工程を経て完成する。ただ、グリップや転がり抵抗、摩耗をはじめとしたタイヤに求められる性能が発現するメカニズムは、長い間解明されてこなかった。上坂部長は「ゴムの内部構造と物性の関係に非常に興味があった」と振り返る。

 

上坂憲市部長
上坂憲市部長

 こうした中、住友ゴム工業が2011年に完成させたのが新材料開発技術の「4D NANO DESIGN」(フォーディー・ナノ・デザイン)だ。

 同技術では分子レベルの構造で物性が変わるゴムについて、ミリやミクロン、ナノといったスケール毎に解析・シミュレーションを実施でき、ゴムの内部構造――例えばミクロンレベルのシリカとポリマーの相互作用や、ナノレベルのポリマーの状態を精密に調べていくことが可能になった。

 2015年には、現在まで続く新材料開発技術「ADVANCED(アドバンスド)4D NANO DESIGN」が完成した。

 この進化の一番のポイントは、分子レベルで広範囲の領域を一度に解析できるようになったこと。もともと「4D NANO DESIGN」では調べたい目的に合わせてそれぞれのスケールにおけるシミュレーションを行っていたが、「スケールとスケールの間をつなぐシミュレーションも必要で、その作業は一苦労だった」(上坂部長)という。

 「ADVANCED 4D NANO DESIGN」では、「4D NANO DESIGN」で当初利用していたスーパーコンピューター「地球シミュレータ」に比べて計算能力が高いスパコン「京」を活用。これによって大量のデータ処理が可能になり、ナノからミクロンレベルまでを一度に解析する進化を達成した。

 また、大型放射光施設「SPring-8」(スプリングエイト)や、大強度陽子加速器施設「J-PARC」(ジェイパーク)といった最先端の研究施設が果たす役割も大きい。「京」によってリアルなシミュレーションを行うには、まず現状のタイヤゴムの複雑な構造を明らかにしていく取り組みが欠かせないためだ。

 シミュレーションを担うスパコンの発達だけでなく、「SPring-8」ではゴムの構造解析を、「J-PARC」ではゴムの運動解析を実施するなど、ゴム内部を精密に計測していく仕組みを確立したことが、「ADVANCED 4D NANO DESIGN」への発展につながった。

高性能な新材料の開発へ

 「ADVANCED 4D NANO DESIGN」におけるゴムの解析とシミュレーションの連携活用による成果の一つは、「エナセーブNEXTⅡ(ネクストツー)」で採用した新材料「新フレキシブル結合剤」だ。

岸本浩通センター長
岸本浩通センター長

 シリカとポリマーをつなぐ結合剤は、ゴムの強度を高め、エネルギーロスを低減する働きがあり、これによってタイヤの耐摩耗性能や低燃費性能の向上が期待できる。そのため一般的には“結合さえできれば良い”と考えられてきたが、より優れたゴムを追求した住友ゴムは最先端研究施設や「京」を活用し、ゴムの破壊を抑制できる理想的なシリカとポリマーの結合距離があることを突き止めた。

 この結果を基に、ゴムの中でシリカとポリマーを最適な位置で保つ「新フレキシブル結合剤」を開発。これにより、「エナセーブNEXTⅡ」の耐摩耗性能は従来品(エナセーブNEXT)から51%向上した。

 また、「ADVANCED 4D NANO DESIGN」は新材料の開発だけではなく、今ある素材の組み合わせでより優れたゴムを設計する取り組みにも利用されており、その成果はあらゆるタイヤカテゴリーで活きているそうだ。

 高精度なゴムの解析を実現するため、近年も同社では研究が進められている。茨城大学との共同研究で確立した、タイヤゴム内部の材料を選択的に観測できる手法はその一例だ。茨城大学が開発した量子線顕微装置を用い、同装置を設置する「J-PARC」の協力のもと、“ポリマーだけ”あるいは“硫黄だけ”など材料を分けて観察することが可能になった。

 岸本センター長によると、ゴムの観測時にはその妨げとなる材料もあり、配合の変更などが必要だったそうだ。新装置を使用することで、「実際の材料で鮮明にゴムの構造を調べられるようになった」と説明する。

 将来的には、新たな観察手法などの活用を進展させることで、シミュレーションをより現実に近づけていくことも可能になる。その結果、より優れたタイヤ開発に貢献する新材料の研究をターゲットを絞って実施するなど、開発スピードの向上も期待できるという。

 岸本センター長は引き続き解析技術の研究に取り組む方針を示した上で、「自前の技術だけでは限界がある。基礎研究の進化を加速させるためには研究施設や大学との連携が非常に大切だ」と強調していた。

 一方、シミュレーション技術に関しては、今年からスパコン「京」の後継機「富岳」の利用がスタートした。これまでのシミュレーションは新品タイヤの性能を向上させる目的で行ってきたが、「富岳」では時間の経過に伴ったゴムの物性の変化を調べる方針だ。

 上坂部長は「タイヤが使用されている間の状態についてはまだまだデータ不足だった。ゴムは歪みや熱が加わるとどのように変わっていくのか、『富岳』を使って調べたい」と展望を示す。

 例えば、あるレシピで製作したタイヤゴムが道路で使用されると、それぞれ物性がどう変化していくのか――こうしたことがシミュレーションで予測できるようになる見通しだ。

性能持続の研究を推進

 現在は、住友ゴムが2017年に発表した「SMART TYRE CONCEPT」(スマートタイヤコンセプト)において核となる技術の一つ、性能持続に関して「ADVANCED 4D NANO DESIGN」を通じた研究開発に力を入れている。

 上坂部長は「タイヤは摩耗し、性能が変わることは当たり前だった。だが、ユーザーのことを考えれば性能を長持ちさせることはとても大事だ」と指摘する。さらに、自動運転技術を想定した場合、タイヤが新品時から性能変化しない方が車両制御も容易になるため、性能持続のニーズはますます高まっていくと考えられる。

 今後、「富岳」によるシミュレーションなどを進めることで、タイヤの長寿命化やゴムの変化抑制につながるメカニズムを把握し、未来の新材料や配合設計へのフィードバックを目指す。

 2015年に完成した新材料開発技術「ADVANCED 4D NANO DESIGN」――現在までにスパコン「京」の活用や、ゴムの新たな解析技術の確立など多くの進化を遂げてきた。これらを通じて、今後はどのような新技術や素材が開発されるのか、これからも注目していきたい。


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