走る楽しさを日常で味わえる 高性能のスポーツ性能を発揮
本紙ではこのほど、フォルクスワーゲンの新型ゴルフRに同乗する機会が得られた。ドライバーを担当するのは瀬在仁志さん。レースドライバー経験が長く、国内をはじめ海外レースでも活動してきている。現在はモータージャーナリストとして専門誌での新車インプレッションなどを担当し活躍中だ。新車用タイヤと市販用タイヤは密接にリンクしていることは言うまでもない。そこで今回、瀬在さんにこの新型ゴルフRとその新車装着されたタイヤについて、これまでのご自身の経験を踏まえながらざっくばらんにレビューしてもらった。
ハッチバックスタイルのスポーツカー、フォルクスワーゲン ゴルフR。そのニューモデルとなる新型ゴルフRが先般、日本市場で発売された。
新型ゴルフRには2.0ℓTSIエンジンを搭載。総排気量1984cc最高出力(ネット値)235kW(320PS)/5350−6500rpm、最大トルク(ネット値)420Nm(42.8kgm)/2100−5350rpmという、モータースポーツ用エンジンに匹敵する高い性能を誇る。
『0−100km/h加速』が4.7秒(欧州測定値)で、これはフォルクスワーゲンの量産モデルとして最速レベル。
前後輪のトルク配分を100:0〜50:50の範囲で、最適かつ連続的に制御する4MOTION(フルタイム4輪駆動)を採用。発進加速性能は一層力強さを増し、高速走行時の安定性、滑りやすい低μ(ミュー)路でのトラクション性能を向上した。
この4MOTIONと高度に連携するのがRパフォーマンストルクベクタリング。車速やエンジン出力、ステアリング角度、さらに横加速度やヨーレートなどの情報を元に、後輪左右のトルク配分を最適にコントロールするもの。コーナリング性能を向上させるシステムだ。
EV化が進む中
内燃機関を選ぶ
都心の首都高から東京湾アクアラインを利用して千葉方面へと向かう。
「加速するときの応答性が抜群に良いですね。とてもパワフルな手応えを感じます」
瀬在さんの第一印象である。
「時代のすう勢で最近、電気自動車に試乗するケースが増えました。特に欧州メーカーでは電気だけで走行するBEVの分野で、高いトルクで高速スポーツ性能を発揮するクルマを市場に積極的に投入しています。クルマのパフォーマンスを示す数値の一つに『0−100km/h加速』がありますが、それで3秒台、2秒台を叩き出すというクルマが、電気自動車(EV)でどんどん増えてきています」
海外メーカー、中でも欧州メーカーでは脱炭素化に向けたアプローチとして、車両の電動化を強く推進している。フォルクスワーゲンも例外ではなく、EV化への取り組みを加速させている最中だ。2030年までにEVの販売台数の割合を欧州で70%に、北米と中国ではそれぞれ50%以上に増加させることを表明している。
この新型ゴルフRを日本市場で新発売したほぼ同じタイミングで、フル電動SUVのID.4を導入した。これは日本市場でもEV化の普及促進を図る戦略の一つとされる。
「そういう中で、この新型ゴルフRは内燃機関、DOHCインタークーラー付ターボエンジンで、これほどのスポーツ走行性能を実現したわけです。そこに歴史と伝統のある欧州メーカーのエンジン開発、クルマづくりにかける誇りというものを感じます。
ID.4を投入してきて、これからは日本市場でもEVの販売に大きく舵を切っていくのだろうと思われましたが、そういう単純なことではなかったようです。内燃機関エンジンでもしっかりとしたクルマづくりをしていくという姿勢を、この新型ゴルフRに見ることができます」
開発の聖地
ニュルブルクリンク
「このようなクルマを開発するために、メーカーは相当な走り込みをしたはずです。クルマは3万点を超える部品点数でつくられていると言われます。クルマの性能を高めるには開発の過程でそれを検証しなければなりません。特に複雑な構造の内燃機関エンジンでは不可欠です。
わたしもこれまで何度も経験してきていますが、開発目標に到達するためには走り込むことが絶対に必要なのです。その走り込みの舞台、つまり開発の場としてアウトバーンやニュルブルクリンクがよく使われます。その点で、欧州メーカーには地の利があると言えるかもしれませんね。
特にニュルブルクリンクの場合、世界で最も過酷なサーキットと言われほど、走る条件が非常に厳しい。そのニュルブルクリンクで世界有数の自動車メーカー、タイヤメーカーがより高性能のクルマやタイヤを開発するために走り込みを続けています」
ニュルブルクリンクはドイツにあるサーキット。ノルドシュライフェ(北コース)とGP(グランプリ)コースの2つのサーキットを総称する。ニュルブルクリンクというとき、一般的にはノルドシュライフェを指す。ここは1920年代につくられ、1世紀になろうという長い歴史を刻んできている。
全長20㎞超と、サーキットとして世界最長を誇るだけではない。山間部を利用して造られたことで、コース全体でおよそ300メートルもの高低差があるという。そのためドライ走行から雨へと、一瞬にして天候が変わることも稀ではないそうだ。
また、このノルドシュライフェには変化に富んだコーナーが170カ所以上あり、その多くが先を見通すことが難しいブラインドコーナーとして待ち構えているという。
このような厳しい条件をいくつも備えていることから、ニュルブルクリンクは世界で最も過酷なサーキットと称されるのだ。
(このノルドシュライフェとGPコースをつないだ全長25㎞超のロングコースで行われるレースが、ニュルブルクリンク24時間耐久レース。今年は5月18日〜21日に決勝レースが行われ、131台が参加。これまでの最多周回数を3周更新する162周を記録しフェラーリ296 GT3が優勝した。)
「ニュルブルクリンクでの走り込みは本当に大変です。距離が長いとか、単純にアクセルを踏み込んで最高速度をどれだけ出すことができるかとか、そういうことではありません。目まぐるしいほどのコーナーをどのようにして攻略するか。自分の狙っているコースを意思通りに走り抜けることができるか。ニュルブルクリンクは突然、霧に覆われたり雨が降ってきたりするので、路面状況が急変することに多々見舞われます。コーナリングをしくじると想定したタイムは出せませんし、コースアウトすればそれでその日のアタックが終わってしまうこともあります。ドライバーは極度の緊張が長時間続くので、心理的にも肉体的にも疲労してしまいます。
ニュルブルクリンクで走ると、一般の道路で同じ距離を走る、その何倍・何十倍もの成果が得られると言われます。だからこそ多くのカーメーカーやタイヤメーカーが開発の舞台としているのです。ニュルブルクリンクが〝開発の聖地〟と呼ばれる所以(ゆえん)はそこにあります」
シーンに合わせ
走行モード選択可能
東京湾アクアトンネルを軽快にドライブする。
「この新型ゴルフRにはおもしろい機能があるのです」
それはドライビングプロファイル機能という、専用モード付きアダプティブシャシーコントロールDCCで、モードによりシーンに合わせた走り方を選ぶことができるものだ。
これまでのゴルフRシリーズには『コンフォート』『スポーツ』『カスタム』と、それぞれの走行シーンに合わせた走りを再現可能にした独自の電子制御技術を搭載していた。新型ゴルフRではさらに、R専用として『レース』モードを追加した。街での普段使いから、レースでのアグレッシブな走りまで、4つのモードから思いのままに選ぶことができる。専用のステアリングホイールに採用されたRボタンを操作するのみ。ワンタッチで『レース』モードへ切り替えられレースドライバーさながらの走りを再現することが可能だという。
今回は『スポーツ』モードでの走行を続ける。
「新型ゴルフRの装着タイヤには4つのモードの走り、それぞれに対応する性能が要求されます。『コンフォート』モードではノイズを抑え居住性を高めた快適な走りであり、『スポーツ』や『カスタム』『レース』モードではドライ&ウェットでのグリップ力と優れた応答性、直進安定性、高トルクのフルタイム4輪駆動に応えるコーナリング性は特に強く求められます」
大口径19インチ
超偏平タイヤ装着
この新型ゴルフRに新車装着されたタイヤはブリヂストンの高性能タイヤ、POTENZA(ポテンザ) S005の235/35R19 91Y XL(エクストラロード)だった。8J×19インチの5ダブルスポークの専用アルミホイールとでセット装備されたメーカーオプションバージョンだ。
「ハンドルを握っていて、路面をしっかりとホールドしていることを感じます。19インチという大口径で、しかも偏平率35の超偏平タイヤなので、『コンフォート』モードで走ると乗り心地は堅めに感じるかもしれませんね。タイヤの内部構造に補強材のベルトが1枚、2枚プラスされたようなしっかりとした剛性感、そういうフィーリングを与えてくれます。運転していて安心感がありますね。ここは非常に重要なポイントです。
アクアラインを高速で走行していて、直進安定性、微小舵角時の応答性も手応えの良さを感じています。ハンドリング性に関しても同様でスポーツタイヤらしいキビキビとしたフィーリングです。
クルマの高いパフォーマンスを引き出すために、自動車メーカーは高速走行性能に加え、環境性能、ノイズ性能など、タイヤに高いレベルの性能を求めます。それらの要求を高次元で両立し、トータルで性能をバランスさせたタイヤが新車承認を得られるということです」
鍵は旋回時の
コントロール性能
昔の話になりますが、と前置きした上で、瀬在さんは次のように語る。
「ランサーエボリューションでライバルたちと戦っていた時に、コーナリングが勝負の分かれ目だということを痛感させられました。コーナーでクルマが暴れると言ったら大袈裟かもしれませんが、挙動が思い描く通りではないと。チームで議論し、自分も一生懸命に走り方を考えました。高いトルクと4輪駆動の駆動力を、どのように配分し移動させれば、素早く的確に旋回することができるのだろうかと。考え悩み、セッティング行うなど、レースの実戦を通じて課題の解決に努め、クルマをコントロールする技術をドライビングテクニックとして身につけたつもりです。
それが新型ゴルフRでは、ボタン操作一つ、『レース』モードを選ぶことで、最適なトルク配分・駆動配分でクイックなレスポンスの走りを再現できる。これも技術の進化の現れなのでしょう」
一般の街乗りで走る普段使いのクルマを、状況に応じてスポーツカーのように走らせることができる。実はなかなかハードルが高いことなのかもしれない。走る楽しさを日常的に味わうことができる――新型ゴルフRはそれを可能にしたクルマではないだろうか。
(追記 7月中旬、フォルクスワーゲンからゴルフR20周年を記念する特別仕様車、ゴルフR20Yearsを日本市場で発売することが発表された。
専用チューニングし、最高出力は333PSと、過去日本で発売されたゴルフRの中で最も高いエンジン出力。『0−100km/h加速』も1秒短縮し4.6秒を実現した。
アダプティブシャシーコントロールDCCでは、4つのモードにさらに『スペシャル』と『ドリフト』の2つのモードが追加された。『ドリフト』モードはサーキットなどで狙い通りのオーバーステアによる正確なドリフトをサポート。『スペシャル』モードはニュルブルクリンクでの走りを再現しコーナリング速度を向上。圧倒的なトラクションと走行安定性を実現したという。)
=瀬在仁志(せざい ひとし)さんのプロフィール=
モータージャーナリスト。日本自動車ジャーナリスト(AJAJ)会員で、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員のメンバー。レースドライバーを目指し学生時代からモータースポーツ活動に打ち込む。スーパー耐久ではランサーエボリューションⅧで優勝経験を持つ。国内レースシーンだけでなく、海外での活動も豊富。海外メーカー車のテストドライブ経験は数知れない。レース実戦に裏打ちされたドライビングテクニックと深い知見によるインプレッションに定評がある。