日本ミシュランタイヤ ベルナール・デルマス社長 50周年を迎え、今を語る

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カテゴリー: トップインタビュー, 特集

汎用タイヤは我々の役目でない

 ――これまで50年間、国内でのビジネス展開について振り返ってください

 「この50年の間に我々が日本で何に力を入れてやってきたのか、大きく3つに分けて説明します。

 1つは研究開発です。太田の研究開発拠点はミシュラングループの3大研究開発拠点の1つです。日本およびアジアのために新しいタイヤの研究・開発を行っているほか、日本が中心となってグローバルに向けて冬用タイヤの開発やノイズの研究なども行っています。また、中国やタイ、インドなどといったエリアにある工場への技術サポートという重要な役割も担っています。

 2点目は、カーメーカー向けの新車用タイヤのビジネスです。日本には世界的なカーメーカーが複数あります。生産拠点はグローバルに広がっていますが、本社機能や研究開発拠点は国内にあります。加えて四輪車以外の車輌メーカー、つまり二輪車メーカーや建設機械メーカーなど、各メーカーとのグローバル契約の窓口としての役割を担うのが日本です。そうしたグローバルビジネスは日本だからこそできる、大事な役割となっています。

 3つ目はリプレイス市場におけるビジネスです。その中で、これまでを振り返って最も大きく変わったのは、流通販売スタイルの変化だと思います。

 オカモトと合弁でタイヤ販売を行っていた時代は、全てのセグメントで販売ボリュームをより多く、よりシェアを取っていくことを目指していた時期もありました。しかし現在では『ミシュランを必要とするお客様にきちんと応える』という戦略に転換しています。

 とくに乗用車タイヤにおいては、ミシュランブランドのポジショニングをプレミアムセグメントに位置づけ、それを希望するお客様にきちんとお応えするという戦略です。

 例えば欧州では、ミシュランブランドだけではなく、セカンドブランド、サードブランドも揃えて、あらゆるユーザーニーズに応えられるようにしています。しかし、日本では――SUV用タイヤとして一部BFグッドリッチを販売していますが、基本的にミシュランブランドに一本化しており、低価格セグメント向けの製品は展開していません。

 この戦略では、当然ながら全てのお客様をカバーできません。トラック用タイヤや二輪車用タイヤでは、ブランドの数がそれほど多くはないので影響は少ないですが、乗用車用タイヤではそれが顕著です。

 また戦略を変えると同時に、流通販売の施策も変わってきました。様々な業態がある中で、どのチャネルでも我々の製品を販売するのではなく、タイヤ専門店やカーディーラーに集中しています。

 新興国メーカーなどと競合する低価格ゾーンの製品で競争することはミシュランの役目ではないと考えています。

 我々自身も欧州や中国では独自の小売ネットワークを展開しており、プレミアムのミシュランブランドからセカンドブランド、サードブランドも幅広く取り揃えています。一方、日本では今後も自前の小売店網を展開する予定はありません。それぞれのチャネルとパートナーシップを強固にすることで、我々はミシュランブランドをアピールすることに集中していきます。

 これは個人的な意見ですが、ブランドは消費者に対して位置付けを明確にしなければならないと思います。同じブランドでプレミアムからスタンダードまで異なる価格帯の商品をラインアップするのはユーザーに誤解を与え、正しくイメージを訴求できないのではないかと思います。

 ミシュラングループはグローバルで、プレミアムブランドとしてのミシュランブランド、そしてセカンドブランド、サードブランドには異なるブランドを用意することで、ミシュランブランドのプレミアムイメージを確立させています。

 日本でもプレミアムブランドとしてミシュランを販売し、ミシュランブランドを欲するユーザーをターゲットにしていく戦略です。これは我々の戦略で非常に重要なポイントであり、この10年で大きく変わった点ではないかと思います」

ミシュランガイドを出版する意義

 ――ブランドの話と多少関係するかもしれませんが、2007年にはアジア初となる「ミシュランガイド東京」を刊行しました。

 「2005年まではミシュランガイドを発行している地域は欧州だけでしたが、当時の社主であるエドワール・ミシュランが『世界中にミシュランガイドを展開しよう』と大きな決定をしました。まずは2005年に北米で刊行し、その次に日本が選ばれました。

 ただ、世界各国に展開するといっても、それは簡単なことではありません。調査員を新たに雇用し、専門的な研修を行うなど入念な準備が必要です。新たなエリアでガイド事業を始めるということは、それをずっと継続していくということに繋がります。フランスでミシュランガイドの発刊が100年以上続いているように、その国・地域における“永遠のコミットメント”となります。

 日本では関西や北海道、広島、さらに今年は福岡・佐賀にも対象を広げました。私の夢は将来、日本全土をカバーする『ミシュランガイド日本』を刊行することです。時間はかかるかもしれません。しかしフランスでは長い歴史があり、その結果として全国版に拡大しています。

 日本ではシェフのレベルが非常に高いことに驚いています。刊行当初からこれだけ多くの星がついた国は他に例がありませんし、世界中に大きなインパクトがあったと思います。

 ガイドがブランドイメージに良い影響を与えたのではないかと思っています。また、『なぜタイヤメーカーがガイドブックを出版しているのか』と、興味を持って頂けることにも大きな意味を感じています」


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