タイヤケアのプロからの提言――もっと安全なクルマ社会へ

 横浜市鶴見区にある渡辺タイヤサービス。運送会社向けにトラック用タイヤの販売、サービスを手掛けており、渡辺剛満社長はユーザーの安全運行へ人一倍の情熱と強い信念を持って日々の仕事に取り組んできた。その渡辺さんが「ここ数年、タイヤのトラブルが目に見えて増加傾向あるのでは」と危機感を抱いている。現場で何が起きているのか、長年タイヤを見てきたプロとしてその要因をどう推定しているのか――「ほかの販売店さんとも一緒になってユーザーに啓発していきたい」との想いから今回、取材に応じてくれた。

「これではダメ」と言い続ける

もっと安全なクルマ社会のために

 「3、4年ほど前から明らかにタイヤの異常バーストが増えてきているのではないか」――渡辺さんはこう懸念を示す。

 製造されてから一定の年数が経過したタイヤ、あるいはタイヤの側面を縁石に擦ったことが原因で起こるバースト事故は、以前から夏場などに日常茶飯事で起きていたが、「昨今の状況はこれまでとは違う」と指摘する。

 特に気になっているのはスペアタイヤだ。走行中や信号待ちの間にスペアタイヤが突然破裂するケースが頻繁に見受けられるというのだ。似た事例は同業者の間でも盛んに聞かれているという。なぜ、このような事態が発生しているのだろうか――渡辺さんはその原因としてタイヤ点検の未実施と、例年のように伝わってくる記録的な猛暑を挙げる。

車両の構造上、運転席の後ろに設置するスペアタイヤ
車両の構造上、運転席の後ろに設置するスペアタイヤ

 ミキサー車やごみ収集などで使用されているパッカー車に備え付けられるスペアタイヤは車両の構造上、キャビンと荷台の間に縦置きに設置するタイプが少なくない。普通トラックのように車体の下部に取り付けられているのでなく、いわば“剥き出し”の状態で、絶えず雨ざらしになり、太陽光を浴び続ける。これによってゴムの劣化が進むだけでなく、タイヤ内部の金属ベルトも傷めてしまうことになる。「特に気温40度を超える夏場は紫外線が強く、受けるダメージは相当なものだろう」(渡辺さん)。

 トラックに装着したタイヤがバーストすれば、車両の備品が吹き飛ぶだけでなく、車両が横転してしまうことも考えられる。「壁を吹き飛ばすほど」とも言われる大きな衝撃を受ければ、重大事故に直結する可能性もある。

タイヤバースト写真
異常バーストしたタイヤ(上・中)、バーストまでは至らなかったが、変形してしまったタイヤ(下)(写真等の無断複製・転載を禁じます)

 渡辺さんはユーザー側のスタンスにも危惧する。「スペアタイヤの交換は面倒でやりたがらないお客様もおり、長期間にわたり1回も点検していないケースがある」と懸念する。

 さらに「タイヤが古かろうが溝深さが少なかろうが、とりあえずバーストしなければ“何でもアリ”という考えがまだ定着している」とした上で、「昨今の異常気象や気候変動を前にして、その考えは捨てなければならない」と強調する。

 さらに、「お客様にその事実を伝え続けることが重要であり、自分たちタイヤ専業店の使命だ」と話す。夏本番を迎えた今、タイヤ点検の重要性や場合によっては新品への交換を改めて呼び掛けていく考えだ。
  
 右の写真3点は全て実際にあったタイヤのトラブル。気温が上昇し始めた5月から6月にかけて、渡辺さんの店舗に駆け込んできた車両に装着されていたタイヤだ。

 ただ、バーストは気温が比較的低い日に発生したという。タイヤは7年前に製造されたもので、露出したベルト部が赤く錆びていることが確認できる。「バーストするのは何も暑い時ばかりではない。気温が上昇した日の路面温度は70度ぐらいだが、気温が下がったこの日は20度以下で、温度差が非常に大きかった」と振り返る。

 恐らく熱さで膨張していたタイヤが一気に萎み、金属コードもピーンと張った状態から曲がってしまったと推測されるう。「新しいコードの場合はしなやかに曲がるが、時間が経ち錆びた金属だとポキっと折れる。その本数が多ければ内圧に耐えられず外側に“ドカン!”と破裂する」――それが現実になったケースだ。もちろん、逆のパターンも多い。梅雨が明けて急激に暑くなるこの時期こそ、事故が増えるタイミングでもある。

 タイヤが異様な形に変形してしまったのが下の写真だ。ドライバーは「高速道路を走行していたら、いきなりハンドルが震え出した」と驚きを隠さない様子だったという。ただ、渡辺さんは「おそらく数カ月前からハンドルは震えていたはず。確認したら『5年間ノーチェックだった』そうだ。もう少し早く気付いてくれればと思うが…」と悔やみつつ、「赤い錆が外から簡単に確認できれば、『これはバースト寸前ですから新品に交換しましょう』と言えるが、それは難しい」と頭を抱える。

渡辺剛満氏
早稲田大学卒業後、横浜ゴムに入社。タイヤ国内技術サービス部で2年間勤務後、家業「渡辺タイヤサービス」(横浜市鶴見区)を継ぎながら、タイヤジャーナリストとしても活動している。現在は全日本トラック協会の広報誌「広報とらっく」でタイヤに関するコラムを連載中。

 これらのトラブルはタイヤ自体の長期使用も重なったという。渡辺さんはタイヤが製造されてからの年数にも気を配るべきだと主張する。

 「走行距離が少なく、5年くらい装着したままだと危険な場合が少なくない。販売店の立場からは、夏場に高速道路を走るなら4年以内の製造品にしたい。一方、10年以上前のタイヤは溝が残っていても迷わず廃棄することを検討してほしい」とも話す。

 渡辺さんはSNSなどを活用してこうした情報を積極的に発信してきた。少しでも安全なクルマ社会を実現できればという想いからだ。

 ここで紹介したような事例はタイヤ専業店の関係者にとっては当然のことかもしれない。ただ、ユーザーにとっては“当たり前”ではなく、一生に一度あるか、ないかだ――。

 顧客側の意識に変化の兆しも見えてきているという。大手トラックリース企業では、スペアタイヤの異常バーストが多発していることを受け、新品交換時にスペアに回すタイヤの“鮮度”を5年前の製造品レベルにするといった対策が取られ始めた。

 「タイヤ管理を怠るとバーストする。絶えず安全な状態を維持しなければならない。できるだけ点検に来て頂くこと、愚直だが、それしか方法はない」と力を込める渡辺さん。顧客にはこう伝えることもある「このタイヤではダメですよ」「タイヤで人生が変わってしまいますよ」――何も脅しなどではなく、タイヤ整備のプロからのリアルなメッセージだ。


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