東洋精器工業 「タイヤサービスカー」の製造現場から

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カテゴリー: レポート, 整備機器

東洋精器工業 「タイヤサービスカー」

〝匠の技〟によるオーダーメイド

 クルマのトラブルや事故は、駐車中よりも移動中に発生することのほうが多い。タイヤに起因するトラブルも同様だろう。タイヤサービスカーは、そういう状況に即応する。そのために、交換作業に必要なタイヤチェンジャーやホイールバランサー、インパクトレンチ、ジャッキ等のタイヤ整備機器を搭載。それらを作動させるための発電機やエアーコンプレッサーも積んでいる。また、これら機器を完備していることから、併せてタイヤを積み込み〝移動型店舗〟として、それを活用するタイヤショップも少なくない。

 東洋精器工業は、そのタイヤサービスカーの企画・販売を長年にわたり展開している。同社が販売展開するタイヤサービスカーについて、その開発・製造に携わるパートナー企業、(株)河野ボデー製作所(本社・広島市、河野征夫社長)を訪問した。同社東部工場(広島市安芸区)で行われている特殊ボデー製造の現場からレポートする。

 河野ボデーは1953年9月に創立した。幌架装や架台、特殊ボデーの製造からスタート。その後、旧・東洋工業、現・マツダのボデー架装指定工場となるなど、マツダが生産する特装車の架装を受注し、事業を拡大していく。1994年には茨城県猿島郡に関東工場を設立し、さらに業容を拡大。架装メーカーが大手企業に集約される傾向にある現在、そのオリジナリティから存在力を強く示している。

組み立ては熟練スタッフによる手作業で行われる
組み立ては熟練スタッフによる手作業で行われる

 東洋精器工業のタイヤサービスカーを河野ボデーが製造するようになったのは90年代。今から20数年前からだそうだ。東洋精器の太田正彦取締役販売企画部長は「タイヤ整備機器を搭載してのフル架装で、河野ボデーさんへ製造委託した台数は、現在までで300台を超えている」という。「河野さんで製造した当社のタイヤサービスカーは業界で高いご評価をいただいており、おかげさまで多くのお客様にリピートしていただいている」と、太田取締役は続ける。

 その秘訣とはどこにあるのか。「お客様のご要望を当社がリサーチし、さまざまな角度から検証し、お客様がもっとも必要とされる設計をご提案する。ご要望された設計の通り、忠実に製造してくれる技術開発力を持つのが同社」、太田取締役はそう話す。まさに、オーダーメイドだ。

 それを受けて、河野征夫社長は「中には非常にむずかしいご注文もある。モノづくりのプロ、架装のスペシャリストとして培った技術と豊富な経験で、お客様へより良い価値をご提案したいと考え取り組んできた」と話す。

 タイヤサービスカー製作でもっとも注力しているのは、堅牢で強固、そして使いやすく美麗であること。河野ボデーではそれを具現化すべく、徹底的にこだわっているのが骨格からつくり込むこと。その材料も鉄板、すなわちスチールでの製造である。「鉄へのこだわり、思い入れはめちゃくちゃ強い」と、河野社長は笑いを交えつつ、その思いを語る。

 同社は長年、医療検診車や消防車などレスキュー車の架装を手掛けてきているが、それらもスチール製の骨組みから製造する。そのノウハウがタイヤサービスカーに応用されているという。「搭載する機械は重量があるので、スチールの骨組みは最適。一方、架装車の外板をスチールでピシーッと真っ直ぐに張るのは非常にむずかしい。継ぎ目があったり、でこぼこが生じたりしやすい。当社の架装は、同業者から『これはFRPか』と驚かれるくらい、技術レベルが高い」、そう話す河野社長。「アルミは軽くて錆びないが、応用が利かない。これから求められるのはニーズに合致した応用力だ。その強みを持つのはやはりスチール」と続ける。

真っ直ぐな面として張られた外板
真っ直ぐな面として張られた外板

 また、営業部の坂井俊夫課長も「タイヤ交換の作業中の動きを覚えて、機械の配置をどうするか、それに合わせて架台の大きさや車格をご提案するのだが、それこそ1cm刻みででも、どのようなご要望に沿うよう対応する」と話す。河野ボデーのタイヤサービスカーづくりにはニーズ最優先の姿勢が見て取れる。

 製造の現場である東部工場には、鉄骨・鉄板の加工処理をはじめ、溶接、レーザー処理、艤装といった各種工程ごとの工場がある。また、カチオン電着塗装という、防錆性と耐食性に優れる塗装を行う設備も完備。タイヤサービスカーはここで一貫して製造される。

 それはいくつかのパターンやバリエーションから選択するのではなく、オーダーメイドだ。そのときに求められるのは製造スタッフの腕、つまり〝匠の技〟である。これこそが目に見えないニーズを形として具現化するのである。


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